DOCTORAL DEGREE HOLDERS INTERVIEW [MY DECISION] - ここが原点、ここから未来。

ネットでたどり着いた
研究室の門を叩いて。
見聞、人脈、研究成果は、
仕事を支える源泉に。

周 双双さん
2017年3月 博士後期課程修了
博士論文タイトル
Exploring Candidate Retrieval and Ranking for Entity Linking
(エンティティ・リンキングのための候補検索とランキング方法に関する研究)

独創的かつ先端的なNLP研究で際立つ研究室との出会い。
日本への留学を決意。

「上善水の如し(じょうぜんみずのごとし)」——これは私の好きな故事成語の一つです。『老子』8章にみえるこの言葉は、真に素晴らしい行いや生き方は、水のようなものだと説いています。すなわち「水は万物を潤し、利を与えているものの自らを主張することなく、さまざまな器に従って柔軟に形を変えて争わない。そして皆が嫌がる下の方に流れておさまる」というものです。一方で、「涓滴岩を穿つ(けんてきいわをうがつ)」というたとえの通り、わずかな水の滴でも、絶えず落ちることで岩に穴をあけるほどの力を持ちます。これまでの私の研究も、コツコツとたゆまぬ努力と忍耐が必要とされる場面が数多くありました。

私の母国・中国では高校2年生で理系か文系かを選択します。卒業(修了)した大学や修めた学問が、将来的な進路やキャリアに密接にかかわるので、多くの高校生は非常に熱心に勉強します。どの国も受験競争は厳しいと思いますが、中国のそれは群を抜いて苛烈です。

専攻の選択に当たっては、大学で教鞭をとっていた親族に助言を求めました。今後はITや人工知能の分野が発展し、社会に求められていくだろうし、面白い研究分野なのではないかとアドバイスされ、情報工学の道に進みました。修士課程では人工知能研究の重要な課題である推論エンジン・推論システムをテーマにしていましたが、次第に、自然言語処理(以下、NLP)に興味を持つようになりました。

海外留学は大学入学時から視野に入れてきました。渡航先がなぜ日本なのか…ということに関して、私は日本との不思議な縁を感じているのです。高校を卒業してから大学に入学するまでの間、友だちに誘われて日本語を習い始めました。たまたま近くに私塾があったからですが、友だちに声を掛けてもらわなければ学び始めることはなかったと思います。そして大学3年生からは第二外国語として日本語を選択しました。日本のドラマや映画(中国語と日本語の字幕付き)を観るうちに、日本の歴史や文化をもっと知りたいと思うようになりました。

そして、乾さん(編注:乾健太郎教授。現在、東北大学言語AI研究センター 教授、アラブ首長国連邦MBZUAI Visiting Professor)との出会いなくして今の私はありません。NLPを研究したいと考え、インターネット上で調べていた時、偶然、東北大学の乾・岡崎研究室(当時)のホームページを見つけました。研究テーマやアプローチがたいへん興味深く、思い切って乾さんに直接電子メールを送りました。突然の連絡にもかかわらず、丁寧なお返事をくださったことには驚きました。研究の相談に乗っていただく中で、乾研究室で研究したいという気持ちが強まっていきました。留学(中国政府派遣)する前年の3月には東日本大震災があり、心配、不安な点もあったのですが、それが杞憂に終わったのは、乾さんを始め、スタッフ、研究室の仲間たちのきめ細かな支援や温かな励ましのおかげです。

すべての方法を試して可能性を探る。
入り組んだ道を行くがごとき、研究という営為。

2012年10月に来日し、半年間は大学院入試の準備の傍ら、NLPの基礎を勉強しました。自然言語処理はそれまでの私の研究の中核ではなかったので、知識を涵養する必要がありました。

研究テーマに掲げたエンティティ・リンキング(以下、EL)とは、文章中のエンティティ名(実体、実世界の対象物)をウィキペディアなどの知識ベースのエントリーに結び付けるタスクで、NLPには欠かせない機能です。ELの難しさは、「多様性」と「曖昧性」にあります。前者は、名前付けされた実体がいくつかのバリエーション(別名)を持つこと、後者は異なる名前の実体が同じ対象物であるというケースです。これは人名などを例にとるとイメージしやすいと思います。課題解決のためには、知識ベースに含まれるメンションを識別しリンクさせる作業が必要になります。私はメンション候補検索の性能向上について探究しました。

研究は、考え得るあらゆる方法を試して可能性を見いだす作業を続けましたが、なかなか思うようにはいきませんでした。暗礁に乗り上げてしまった時は、乾さんや岡崎さん(編注:岡崎直観准教授。現在、東京工業大学情報理工学院 情報工学系 教授)、研究員の方に相談し、ディスカッションをする中で、新しいアイデアを練り、突破口を探っていきました。ELを英語だけではなく、日本語に適用していく私の取り組みは、当時は新規的なもので、国際学会などで発表した際の注目度は高かったのですが、その分、難しさもひときわでした。

研究室に所属していたメンバーはとても国際色豊かで、さまざまな国の文化を知ることができました。コミュニケーションは、英語が中心になってしまいがちで、日本語を話す機会はどうしても少なくなりました。私が、日本語能力試験でN1(編注:日本語非母語話者としては最高レベルの日本語力)の認定を受けたのは社会人になってからです。日本語が話せなければ仕事が進められない環境にあったからで、「必要は発明の母」ならぬ「必要は上達の母」といったところでしょうか。

博士課程修了後の進路については、東北大学で過ごすうち、日本で働きたいという気持ちが強まっていきました。アカデミックな場所で、指導者的な役割も担いながらさらに研鑽を続けるのか、それとも民間企業でこれまでの知見や研究力を生かして社会に貢献していくのか——自己分析をしてみると、私は一つの分野を究めていくよりは、未知のことに挑戦していくほうが向いている、適性があることがわかりました。確かにこれまでも興味・関心や好奇心が、行動の原動力となってきたように思います。新しいフィールドで自分の力を試すチャレンジが始まりました。

高度なデータ分析を通じて、
クライアントのデータ活用戦略、新価値創出をサポート。

博士課程修了後、世界最大級のコンサルティング企業(日本におけるメンバーファーム)で働き始めました。私の担当業務はデータアナリティクス。近年、多くの企業がパソコンやスマートファンを始めとするあらゆるデバイスを通じてデータを取得・収集していますが、適切かつ高度な分析がなされておらず、せっかくの情報を最大限生かし切れていないケースが多々あります。私の仕事は、企業などが保有するデータを高度なアナリティクス技術を通じて分析し、その結果を、クライアントが抱える課題やニーズ(たとえば生産性向上、売上予測、ブランディング・商品開発、競争力強化、業務改善など)の解決につなげていくことです。

入社後しばらくは、日本語がビジネスレベルに達していなかったこともあり、プロジェクトの後方支援を担当していました。クライアントの課題分析、コーディング、データ解析、プレゼン資料の作成など、縁の下の力持ち的な業務です。日本語が上達するにつれ、クライアントとの直接交渉、打ち合わせを担うようになりました。私が博士号を修めている点についての評価は大きく、それが信頼感や心強さにつながっているようにも感じられました。お客さまが安心して任せられるということでしょうか。また、社内においてもデータ解析のエキスパートとして知られるに従って、他部署から支援要請が入ることも多くなりました。大きなプロジェクトにもかかわっていくようになり、やりがいはとても大きかったですね。また、年々高まっていくデータサイエンティストへの期待も肌身で感じました。

私が多くの経験を積み、キャリアを重ねることができたのは、日本への留学が契機となっています。中国では、2000年代初頭、私費留学が完全に自由化され、多くの学生とその保護者が留学に目を向けるようになりました。その背景には難関校を出たとしても就職が難しいという国内の事情もあります。渡航先は、オーストラリア、アメリカ、イギリスといった英語圏が人気ですが、もし留学先で悩んでいる人がいたら、私は迷わず日本を勧めたいですね。中国からの距離的な近さもさることながら、治安の良さ、住みやすさといった特筆すべき点がありますし、科学技術の面においても世界から注目を集めるよう取り組みが進行しています。

日本で10年間暮らしましたが、忙しい研究や仕事の間隙を縫って、北海道から沖縄まで旅行したこと、また、多くの人と交流を持つことができたことは、今でも心温めてくれる思い出です。これからの時代を担う若い人たちも、母国を飛び出し、広い世界で見聞を広げてほしいと願っています。

(2023年10月 インタビュー)

略歴

2010年7月 中国東北大学情報セキュリティ学科卒業、2012年7月 中国東北大学ソフトウェアエンジニアリング大学院博士前期課程修了、2017年3月 東北大学大学院情報科学研究科博士後期課程修了。博士(システム情報科学)。2013〜2015年 ジュニア・リサーチ・アシスタント(卓越した大学院拠点形成支援補助金)、2017年4月〜2019年12月 PwCコンサルティング合同会社データアナリティクスチームアソシエイト、2020年1月〜2022年8月 同社データアナリティクスチームシニアアソシエイト、2022年12月 帰国(中国・杭州市在住)。2011年 グーグル卓越学生賞を受賞。